きっと私たちも星だった -アイドリッシュセブン 1st LIVE「Road To Infinity」感想-

2018年7月7日、8日に行われたアイドリッシュセブン 1st LIVE「Road To Infinity」はきっと、こうして私が言うまでもなくすばらしいものだった。
それはTwitterやブログで見かける感想や、知人たちとの会話の中で強く感じる。
もしかしたら「アイナナが好きな人がべた褒めしてるだけだよ」と思う人がいるかもしれないけれど、これはアイドリッシュセブンのライブなので、アイナナが好きな人の多くがすばらしいと感じたらそれは大成功なのだと私は思うのだ。

ネット上にはとてもすばらしいレポや感想がアップロードされている。
だから、ファン歴が浅くて、別に有名な文筆家でもない私が今さらこんな記事を書くことはあまり意味がないかもしれない。
それでも、私はあのライブやあのライブで感じたことを自分の言葉で残しておきたいと思った。だから、この時点で既にポエムに片足を突っ込んだみたいな文章を書いている。

私のための文章なので、飽きたところで読むのをやめてくれて全然構わない。

この感想のようなものにはアイドリッシュセブン三部やラビットチャットの内容、それから派生作品などのネタバレを含んでいるのでネタバレになってしまう人は承知の上で読んで欲しい。

希望と葛藤

慣例に沿って、時系列に沿って感想を書くことにすると、チケットを取るときのことから書くことになる。

私がアイドリッシュセブンのライブがあることを知ったのがいつだったのかはあまり定かではないが、多分Vitaソフト「アイドリッシュセブン Twelve Fantasia!」を狂ったようにプレイしていたときだったときだったことは覚えている。
(ちなみに本筋とは関係ないけれど、Twelve Fantasia!はとてもいいゲームだったと思うので、まだやっていないアイナナファンはぜひプレイして欲しいと思う。)

私はその日、個人的に用事があったため、最初から現地で参加することは諦めていた。大きなライブだから、きっとライブビューイングがあるだろうと言う気持ちもあった。
それに、私は私がこのライブを本当に楽しめるかわからなかった。
私は(一応)アイドリッシュセブンを事前登録からプレイしていたものの、途中で離れてしまっていた時期もあったし、なにより私は今まで声優さんによるライブというものに参加したことがなかった。
私は今まで、キャラクターと声優さんは別物だと思う気持ちが強くて、今までは声優さん本人を目にしたり意識する機会を意図的に避けていた。
そんな私がこのライブを本当に楽しむことができるのか、楽しめる自信のない自分にライブを見る資格はあるのか。
もしかしたら他人から見たらくだらない悩みなのかもしれないけれど、私は真剣に悩んだ。

だって、ライブの席は有限なのだ。
そんな気持ちの私が1つの席を埋めてしまうよりも、本当にアイドリッシュセブンが好きな人が1人でも多く現地に行けたらいいなと思う(もちろん作品を応援したい気持ちはあったので、自分の都合がつくとわかったときにまだチケットが残っているようなら取ろうとは思っていた)。

結局、私は当初の予定通り、7月8日のライブビューイングのチケットを取った。
決定打になったのは、このライブの出演者にIDOLiSH7、TRIGGER、Re:valeの主要3グループの声優さん全員が揃っているというところだった。
もしかして、これはすごいことなのではないか? と、声優さんについてあまり詳しい方ではない私でさえ思った。
12人の声優さんは、それぞれ別のいろいろな作品でも名前を聞く方たちだ(私が他にプレイしている別のゲーム、あんさんぶるスターズにも出ている方もいる)。
こんなに豪華な12人もの声優さんが1カ所に集まるなんて、もしかしたらこれが最初で最後になってしまうことだってあり得るのではないか……、この機会を逃したくない……、申し込もう……、セブンイレブンに行って入金をしよう……、発券もできた……、そんなこんなで半ば無意識のうちに7月8日のライブビューイングのチケットが取れた。財布からは千円札が数枚消えた。

そして迎えた7月7日、ライブ開催のお知らせをするツイートを見て、「やっぱり7日も見に行けばよかったな」と思った。
それだけ、チケットを取ってからライブビューイングまでの時間は長く感じた。でもやっぱり短かったような気もする。
ライブを楽しみにする人たちの姿を(Twitterなどで)見ながら、自分もライブを楽しみにしている時間はまるでコンサート開演前の会場みたいで、そわそわしたりどきどきしたりする幸せな時間だったと思う。

一日目のライブが終わったあと、ネット上でいろいろな感想を見た。
楽しかったという感想がたくさんあって、翌日のライブがより楽しみになったし、なによりここでコレクションCDの発売とアニメ二期の制作決定のニュースがあったと聞いて本当にうれしくなった。

ライブが始まるまでの個人的な日々を長々と書いてしまったけれど、ナナライはそういうものだった。
遠足は学校に集合してからが遠足じゃなくて家を出たときからが遠足だ、みたいな、ライブの発表の瞬間からライブが始まっていたみたいな、そんな空気があった。少なくとも、私の周りにいた人たちの空気はそうだった。
このあたりは、池袋駅の広告を含む、プロモーションのうまさが関係しているのだと思う。

アニメの最終回あたり~ライブのアイドリッシュセブンのプロモーションは普通にすごかったと思う。
駅の広告とか、ラッピング電車とか、オフ旅(これはプロモーションの一環とは別の企画だと思うけど)とか、いい意味で休む暇もなくアイドリッシュセブンという作品をめいいっぱい使って私たちを楽しませてくれた。

演奏と演出

そうして7月8日を迎えても、私はこのライブの本質がなんなのか、全然わかっていなかった。一言でわかりやすく言うなら、私はアイドリッシュセブンのライブを「舐めていた」。

ライブビューイングだし、座ってゆっくり見ていよう。物見遊山に出かける気分で、光る棒さえ持たずに映画館に向かった。
(私は光る棒自体は持っていたけれど、あんさんぶるスターズ(舞台版)の光る棒なので持ち込むのはマナー違反なのかもしれないと思ってやめた。この辺りの暗黙の了解的なものは未だによくわかっていないので、もしかしたら持って行ってもよかったのかもしれない。)
ちょっと浮かれてはいたので、爪を推しカラーにしてみたりはした。

映画館の座席は満員だった。
朝見た様子では当日券も少し残っていたようだったけど、私が見た感じでは空席はほとんどないように見えた。

一人でやってきて手持ち無沙汰だった私は開演まで、周りの人たちの様子を見ることくらいしかする事がなかった。
キャラクターグッズを鞄にたくさんつけた女の子や、すごく仕事が早そうな女の人、友だちと一緒に来た様子の制服の子、いろんな人がたくさん居て、わくわくした様子で映画館のスクリーンを見つめていた。

見た目も年齢も違っているのに、ここにいるのはみんなアイドリッシュセブンのライブを見に来た人なんだ、と思うとなんだか不思議な気持ちになった。

しばらく待っていると、唐突に会場の映像がスクリーンに映った。
(余談だけれど、ライブビューイングっていつも会場に繋がる瞬間って唐突で私はいつもびっくりさせられている。)

スクリーンに映された会場は、私が思っていたよりもずっと大きくて、ずっとたくさんの人がいた。この映画館に集まっている人数ですら「たくさん」と感じた私にとって、その映像は衝撃を受けるには十分なものだった。

正直に言うと、ライブが始まった瞬間のことは覚えていない。
スクリーンにグループ名が映し出されて、キャラクター名と声優さんの名前が映し出されたところまでは覚えている。心臓がはち切れそうなくらいにどきどきしていたことも。
そうして、気が付いたときには「MONSTER GENERATiON」が始まっていた。

きっと、ライブはこの曲から始まるんだろうな、と薄々予感していた。
だからそんなに驚くことはない、そう思っていた3秒前の自分は一瞬で過去に置いていかれた。

予想通りなんかじゃなかった。
その歌声は完全に、予想のはるか上空を駆け抜けていったのだ。

言葉に表せないなら文章を残す意味なんてないことはわかっている。
それでもやはり、私の語彙なんかでは表すことができないほどのすばらしさだった。
私は音楽に精通している人間とは言えないから、どこがどうすばらしかったとか、どこがどう優れていたとか、音楽的な要素からこのライブのことを語ることはできない。
ただ、「これはすばらしいものだ」と言う気持ちで胸がいっぱいになったことはわかる。

ただただ、すばらしかった。

これはどの感想でも言われていたことだけれど、あえて私も言いたい。
「IDOLiSH7がそこにいた」のだ。

映像がよかったとか、衣装がそれっぽかったとか、声優さんがなりっきっていたとか、そういう単純なことじゃない。彼らの存在感はまさにIDOLiSH7だったし、それを包む会場の空気もまた、彼らをIDOLiSH7として受け入れていた。

ここの段階になってようやく、「私は自分がアイドリッシュセブンのライブを見に来たのだ」ということを理解した。

もちろん、TRIGGERもRe:valeも同じだった。
TRIGGERがそこにいたし、Re:valeがそこにいた。

座って見ているだけのつもりだった私も(前の席の女の子たちが立っていたので立たないとスクリーンが見えなかったことは大きい理由の一つだが)、気が付いたらその場で立ち上がって彼らを応援していた。光る棒もないのに。光る棒もなしに立ち上がってライブビューイングを見ている謎の人間と化したが、もはや関係なかった。
隣の人はちょっとびっくりしてたかもしれない。

っていうかライブビューイングって立ち上がることあるんだって初めて知った。
世の中には知らなかったことがたくさんある。

ライブからは時間が経ってしまったし、こういう感想を書くことになるなんてその時は思ってもいなかったから、一曲一曲細かいことを覚えられているわけじゃない(絶対円盤化して欲しい!!!)。
なので、印象に残ったところを書き起こしてみた。

・「俺は八乙女楽だがなにか?」
→ TRIGGER自己紹介のとき、自分の名前を名乗らなかった羽多野さんに対して「名乗ってないけどいいの?」と聞いた佐藤拓也さんへの返事。この後の斉藤壮馬も含めたやりとりが微笑ましかった。

・メッ「ゾ」ライフドーム
→ MCの最中、MEZZO”の二人がメットライフドームのことを「今だけメッゾライフドームで!」ってはしゃいでいるのもかわいかったし、途中でこんなに言ってると偉い人に怒られないかな……?って気にしてるのもかわいかった。

・GOOD NIGHT AWESOMEからのNO DOUBT
→ ネメシス映像からのGOOD NIGHT AWESOMEはニクい演出だったし、その後のNO DOUBTはMVにこそ出ていないものの大和の出演したドラマの音楽という設定もあるので、二階堂大和ドラマメドレー!って感じでよかった。ここに限らず全体的に曲順はストーリーの流れを汲んでるのかな?ってところが多くてよかった。

・椅子でやってきた Re:vale
→ 登場シーンがなぜか椅子。カードイラストに合わせてくれたということはわかるものの、突然のことにびっくりしてしまった。ちなみにその後のダンスは激しくて、曲全体を通して見るとアップダウンが激しくていい演出だった。

・Sakura Messageの弾き語り
→ 逢坂壮五役の阿部敦さんがピアノの伴奏をしながら歌ってくれた驚きの一曲。最初に聞いたときは「弾き語りだ!すごい!」でなんとなく流してしまったけれど、あとから思い返して「あれ……?ピアノ弾いてた……?すごいな……」ってなった。作中でも壮五は音楽が好きで、これから作曲をしたいと言っているキャラクターでもあるので、ここで弾き語りというのはなんだか感慨深くてよかった。

数々のライブの中で、もっとも心に残ったのは「RESTART POiNTER」だ。
アイドリッシュセブンの曲は、一曲一曲がストーリーに密接に関わっているものが多い。これはどこで誰が歌った曲で……、誰が作った曲で……、何に使われた曲で……、という設定がはっきりしている。
だから、曲そのもののとは別のところで思い入れのある曲も存在している。

このライブでは、そういう曲の背景もしっかりと汲まれて、まるでストーリーを再演するようなていねいな作り込みがされていたと感じた。

セットリストに沿って機械的に曲を演奏していくだけではなく、それぞれの曲とその背景にあった演出が盛り込まれていることが、本当にすばらしかった。
椅子が出てきたり水しぶきが飛んだり火柱が上がったり、なんかもう最終的には飛行機も飛んだ。
ここは日替わりだったと聞いたけど、太陽のEsperanzaのあとにTRIGGERが出てきたときは、あまりの興奮に心臓が止まるかと思った。実際は腕組みをしたまま「ン゛……ッ」とか呻いていた。

第四の壁とオーバーラップ

私はずっと、このライブを、「一体どういうコンセプトなんだろう」と思っていた。
どういうコンセプトなんだろう、というのは、「私」は一体「誰」で「演者さん」は一体「誰」なのだろう、ということだ。

これは哲学の話ではなくもっと単純な話で、ライブに参加している「私」は作品「アイドリッシュセブン」の中の観客の一人なのか、それとも彼らの「マネージャー、小鳥遊○○」なのか、それともあくまで好きな作品のファンイベントを見に来ている「私」なのか、ということだ。

そんなに気にするようなことなのかな?と思う人もいるかもしれないけれど、個人的に、ここを徹底的に意識して作られているイベントは没入感がすごいと思う。

例えば「ドリフェス!」はゲーム内のストーリーでも、アニメでも、キャラクターのTwitterでもプレイヤー(アニメだと視聴者)は徹底して「ファン」の視点を貫くようになっていた。 世界観がはっきりしている作品は、自分もどういうスタンスで参加すればいいのかがわかりやすい。

参考

「ドリフェス!R」5次元アイドル応援プロジェクト公式サイト

そして、結論から言うと、「Road To Infinity」において「私」は誰でもなかった。
私は「観客」であり、「マネージャー」であり、そしてもちろん「私」でもあった。
あるとき私は9人の観客の一人だったし、彼らのマネージャーでもあったし、サウンドシップでTRIGGERの登場を切望した視聴者でもあった。
私はIDOLiSH7のファンでもよかったし、TRIGGERのファンでも、Re:valeのファンでもよかった。

私は誰でもなかったし、同時に誰であってもよかった。
全ての可能性が重なり合って、私と一緒に存在していた。

この感覚は何にも例えがたい感覚だけれど、強いて言うなら「受け入れられた」感覚に近かったと思う。
アイドリッシュセブンというゲームやアニメ、そしてこのライブについて、たくさんの人が色々な思いを持ってこの場にやってきたのだと思う。
その全ての想いが否定されずに受け入れられたような、なんかそういう感覚があった。
ちょっとそれっぽい言葉で言うと、「赦し」に近い感覚だったのだと思う。

そして、「私」とは別の意味になるけれど、声優さんたちも同じように「重なり合う存在だった」ように思った。
キャラクターになりきるのではなく、けれど本人のままというわけでもなく、しっかりとその役柄を「演じて」くれていたように感じた。声優さんの姿にキャラクターが投影されているような(twitterでは降霊なんて表現されていたけれどまさにそんなイメージだ)姿が印象的だった。

多分これは、演者さんがその役柄やストーリーを理解してくれていたからこそできたのだと思う。
声優さんやダンサーさんのツイートやブログを見ても、その役柄にあった内容を投稿するようにして下さっていた人が多くて、本当にありがたいことだと感じた。

このあたりの案配は人の好みがあるのだろうと思うけれど、少なくとも私にとっては采配で、この企画に関わった方には感謝しかない。すごい。

その後の「NATSU しようぜ!」も「Welcome, Future World!!!」も最高だった。
特に、NATSU しようぜ!は色々すったもんだあった曲だから、本編中でも2部16章までは「触れてはいけない曲」みたいな雰囲気が合った。
でも、そういうのを吹き飛ばすように!この夏のライブにあわせて!しかもIDOLiSH7とTRIGGERが一緒に!歌ってくれた! それはもう2次元とか3次元とかそういう問題ではなかった。
めちゃくちゃ盛り上がって光る棒もないのにoioiしながら私はどうしても二部の「Dis one.」をクリアできなくてこけら落としが終わらなかったときと同じくらい泣いた。

なにもかもうれしかった。
CD発売とアニメ二期制作発表の間に突然Re:valeのアルバム(12月5日だって!)の情報を挟まれて素っ頓狂な声を上げてしまったことさえうれしかった。
自分の中から純粋な驚きと喜びという感情が飛び出ることさえうれしかった。

幕が下りる最後まで手を振っていてくれたことも本当にうれしくて、会場との通信が切れたあともずっと多幸感に包まれていた。

現地に行けるようにチャレンジくらいすればよかったな、とは思ったけれど、意外にも「なんで現地に行かなかったんだ!めちゃくちゃショック!」とはならなかった。
もちろん、現地でしかわからなかっただろうすばらしさもあったはずだ。
でも、多分、このライブはライブビューイングを見に来た観客にもちゃんと楽しんでもらえるように意識して作られたイベントだったんだろうな、と思った。

取り残されているとは感じなかった。
現地の人たちの熱中症対策(多分)に、水分を取るように促してくれるシーンが頻繁にあったのだけれど、ライブビューイングの会場でもみんな、それにあわせて水分を取っていたのが印象に残っている。なんだか勝手に微笑ましかった。

私はライブの余韻とライブが終わってしまった少しの寂しさを胸に、勢い余ってステーキを食べてから家路についた。
まさか本当に4時間もライブが続くなんて思っていなかったから、すごくお腹が空いていたのだ。ステーキはおいしかった。突然重量感のある肉を押し込まれたからっぽの胃は、悲しげな声を上げていた。

未来と永遠、アイドルという偶像

翌日、胃の痛みで目覚めた私は、先日食べたステーキのことを思い出し、それからもう一度ライブのことを思い出した。

あんなに楽しみにしていて、楽しんだライブが終わってしまったことが無性に悲しかった。
ライブビューイングに行く前に思っていた通り、あのメンバーで、あのクオリティで、二回目のライブを開催するというのは難しいような気がする。私はそういうイベント事情とか会場事情には全然明るくないけれど、漠然とそう思った。

それでも、いつまでもくよくよしていられないと開いたtwitterで、私の目に飛び込んできたのが「LIGHT FUTURE」の広告だった。

そのときはまだ、これがなんの広告なのか、わかっていなかった。
星空と、アイドルのシルエットと、そこに添えられたメッセージ。

「光のその先には、何が待っているのだろう。」

ここで、アイドルという言葉の定義をWikipediaから引用させてもらう。

アイドルとは、「偶像」「崇拝される人や物」「あこがれの的」「熱狂的なファンをもつ人」を意味する英語(idol)に由来し、文化に応じて様々に定義される語である。
日本の芸能界における「アイドル」とは、成長過程をファンと共有し、存在そのものの魅力で活躍する人物を指す。

それ。
彼らはアイドルだ。
ばっさり言ってしまうけれど、彼らがこの次元の存在ではなく、最初からアイドルというキャラクターとして作られた存在であるからには、彼らが存在する限り、彼らがアイドルであることは変わらないだろう。

しかし、アイドルは「成長」するものなのだ。
私はあのとき、あのライブはアイドリッシュセブンの一つの到達点であると感じた。
サービス開始から3年という時間をかけてたどり着いた一つの到達点、それは間違いではないと思う。
一つ間違っていたのは、それは終着点ではなかったということだ。

きっとそれこそが「光のその先」、私たちも、彼らもまだ見たことのない場所なのだろう。

おこがましいことかもしれないけれど、私はあの星空を見た瞬間に、あの小さな星のひとつひとつの輝きが私たちなのかもしれないと思った。
ペンライトの海の中で歌うアイドル達の姿に、星空を背に立つ彼らの姿が重なったような気がしたのだ。

アイドリッシュセブンという作品は、常にアイドルだけではなく、その周りの人間の姿をも描く作品だ。
決してアイドルだけがすばらしいという世界を描くのではなく、その周りの人々、観客の姿、それらを包括した世界と社会の物語だ。 だからこそ、私たちはきっと「存在している」。

アイドリッシュセブンという作品は、このライブにおいてもそのスタンスを崩さなかった。
3周年という節目を越えて、光のその先へ一緒に歩んで行こうというメッセージ。

私は涙腺がボロボロなのでなんだか無性に泣けてきて、やたらデザインが美しい3周年特設サイトを見ながら泣いた。

参考

3周年特設ページアイドリッシュセブン3周年特設サイト

光とはなんなのか、永遠とはなんなのか。
なぜ豪華声優陣によるフルボイスの本格リズムゲームをやっていたはずなのにこんなことを考える羽目になっているのか。私には全然わからない。多分ほとんどの人がわからない。
その答えがこれから先のストーリーで明かされることがあるのか、それともないのか、それすら全然わからないのだ。

そもそも、アイドリッシュセブンではその作中で、少なくとも一度はアイドルの永遠性を否定してさえいる。
このあたりは是非メインストーリーを読んで確認してみて欲しい。

それでも永遠とはなんなのか、今の私には一つだけ答えに似たものが思い浮かぶ。

「12人は光を灯し、永遠への道へ。」

それを口にした(正確に言えばツイートだ)のは、「アイドリッシュセブン広報担当の大神」だ。
この次元の大神と、作中の大神が別の存在であることはわかっているけれど、それでも私は彼の名前を冠するアカウントが「永遠」を語ったことになんらかの意味があって欲しいと思ってしまう。

彼は多分、既に「アイドル」という夢を永遠に失った存在の一人だ。
そして、かつて失った夢を別の形で叶えようとしたうちの一人でもある。

きっと、かつて私たちにも夢があった。
あのライブにはもちろんその夢を叶えた人もいただろうし、何かの夢を諦めてそれでも別の形で叶えようとした人たち人もたくさんいたのだと思う。

彼の新しい夢があのライブの見えないどこかで叶っていたなら、私も救われる。
そんな気がする。

だから、私は、私の彼らを好きだったと思う気持ちも、どうか永遠になって欲しいと思う。

まずは3周年のお祝いをして、CDを買ったりアニメを見返したりしながら、アニメ二期を他楽しみにしながら、2ndライブがありますようにと願おうと思う。

あの日響いた歌声が、あの日響いた歓声が願いなら、きっとそれは運命だった。
私たちはきっと出会う運命だった。

アイドリッシュセブンという作品に出会えてよかった。
アイドリッシュセブン 1st LIVE「Road To Infinity」に出会えてよかった。

なんだかごちゃごちゃ言ってしまったけれど、とにかくナナライは楽しくて幸せで最高だった。3周年もこれから先の大型企画もアニメの二期もCDもアルバムも全部楽しみだ。
そういうことが言いたかった。
スタッフ一同様、そしてあのライブ、各地のライブビューイングに参加していた全てのマネージャーにお礼を言いたい気持ちでいっぱいだ。

本当にありがとうございました。
この文章を最後まで読んでくださった人がいたなら、併せて感謝致します。

あと、いつなにがあるかわかんないから光る棒はいつでも持ち歩いた方がいい。 ライブ後に突然ステーキを食べるのも、多分やめた方がいい。